「コーヒーくらい、何も考えずに飲みたいのに」カフェリーチェを開けた朝の話

午前7時38分、寝起きの部屋には昨夜つけたエアコンの冷気が少しだけ残っていて、カーテンを開けると、もう十分すぎるほど夏の光が床に落ちていました。
冷蔵庫を開けたら、昨日コンビニで買ったプリンが目に入り、「朝ならまだ罪は軽いよね」と誰に許可を取るでもなく手を伸ばしかけて、やめました。
代わりにケトルのスイッチを押して、カフェリーチェの袋を開けると、ふわっとコーヒーの香りがして、少し遅れてシナモンのような、ショウガのような気配もする。
こういう朝だけ見ると、丁寧に暮らす女性っぽいのですが、テーブルの端には昨日外したピアスと、婚活アプリを開いたまま伏せたスマホと、期限が切れそうなクーポンが並んでいます。
写真に写らない側は、だいたいこんなものです。
カフェリーチェを飲む朝、私が見ていたのは体重計より昨日の自分でした
「ダイエットコーヒー」の文字だけで、ちょっと姿勢を正す私
カフェリーチェは、インスタントコーヒーに水溶性食物繊維や乳酸菌、ショウガなどが入ったコーヒーパウダーで、公式の商品情報では1袋102g、30杯分と紹介されています。
バリスタが開発に関わり、シナモンやショウガのスパイシーな風味とコーヒーのコクを両立させた、という説明もありました。
そこまで読んで、「へえ、おいしそう」で終われれば格好いいのに、私の目は“ダイエット”という言葉にだけ、妙に素早く反応します。
昨夜、友人と食べたパスタの写真を見返しながら、「でも歩いたし」「駅の階段も使ったし」と小さな弁護を始める私。
誰も責めていないのに、私の中には検察と弁護士が両方いて、朝からまあまあ忙しいです。
「そんなに気になるならプリン買わなきゃいいじゃん」
自分でもそう思います。
でも、買うときの私は夜の私で、食べるのを迷うのは朝の私なので、この二人はたぶん別人です。
スプーンで粉をカップに入れ、お湯を注ぐと、黒い表面から細い湯気が上がりました。
ひと口飲んでみると、思っていたよりちゃんとコーヒーで、「健康のためです」と顔に書いてあるような味ではありません。
少しスパイシーな余韻があって、私はもうひと口飲み、結局プリンも冷蔵庫から出しました。
「置き換えとは」
声に出したら、静かな部屋でやけに響きました。
たぶん私は、何かを我慢できる人になりたいというより、我慢しなくても機嫌よくいられる人に見られたいのかもしれません。
婚活中のプロフィールには「カフェ巡りが好きです」と書いていますが、実際の私は家でマグカップを両手に持ち、プリンのカラメルを最後まできれいにすくう人です。
この情報、マッチング前に必要でしょうか。
必要ない気もするし、むしろそこまで含めて知ってほしい気もします。
きれいになりたい日に限って、鏡は少し意地悪です
午前8時12分、洗面所で日焼け止めを塗りながら鏡を見ると、あごの横に昨日までなかった赤いものを発見しました。
「今日なの?」
鏡の中の私に聞いても、もちろん返事はありません。
今夜は、婚活アプリで知り合った人と二度目の食事に行く予定でした。
初対面ほど緊張はしないけれど、二度目には二度目の面倒くささがあります。
一度目に感じがよかった自分を、もう一度ちゃんと出せるのか。
あの日の私は、たまたま髪がうまくまとまり、仕事で嫌なこともなく、注文した白身魚も食べやすくて、笑うタイミングまでまあまあ合っていました。
今日は朝からプリンと自分を裁判にかけ、あごには赤い点があり、返信には二十分悩んだ末、「楽しみにしています☺」という、無難すぎて誰が送っても同じ文章を送りました。
送信した直後、「もっと気の利いたこと、なかった?」と思うのも、たぶん婚活あるあるです。
カップに残っていたカフェリーチェを飲みながら、これ一杯で昨日の食べすぎも、今日の肌も、今夜の会話も、いい具合にしてくれたら楽なのになと思いました。
そんなものはないと分かっているのに、パッケージに書かれた成分や、口コミの明るい言葉を見ていると、少しくらい期待してもいい気がしてきます。
新しいコスメを開ける夜も、似ています。
化粧水そのものより、「明日の私は今日よりちょっとまし」という予感を買っている感じ。
その予感に何度もお金を払ってきた私は、きっとかなりの常連客です。
カフェリーチェには、食事と一緒に飲む機能性表示食品の「プレミアム」もあり、メーカーによると、イソマルトデキストリン由来の食物繊維を含み、食事の脂肪や糖の吸収、食後の血糖値や中性脂肪、お腹の調子に関する機能が届け出られています。
ただし薬ではなく、飲んだだけで体形が決まるものでもありません。
そのくらいの距離感で知っておくほうが、私にはちょうどよさそうです。
「飲んだから大丈夫」と思いたくなる夜の私と、「そんな都合よくないよ」と冷静な朝の私、その間に湯気の立つカップが一つあるくらいでいいのかもしれません。
ここまで書いておきながら、今夜はデザートを頼むと思います。
二度目の食事で「甘いものは控えています」と言える人にも少し憧れるけれど、メニューの端に季節限定の桃のパフェを見つけたら、私の意志はたぶん桃よりやわらかいです。
誰かに会う前のコーヒーは、何を整えているんだろう
出かける一時間前になり、クローゼットの前にワンピースを二枚並べました。
白は少し頑張っているように見えて、紺は仕事帰りに見える。
「どっちでもいいよ」と言ってくれる人がいたら、その言い方にちょっと腹を立てるくせに、一人で決めるのも面倒で、友人へ写真を送りました。
返事は「白かわいい!」。
私は紺を着ました。
じゃあ、なぜ聞いたのでしょう。
キッチンには朝使ったマグカップが伏せてあり、その丸い底だけが見えていました。
一杯のコーヒーを変えただけで、何かが大きく変わるとは思っていません。
体重計の数字は、今朝も昨日とほとんど同じでしたし、赤い点もコンシーラーの下にまだいます。
それでも、いつものコーヒーを少し違うものにした朝は、いつもより自分のことを見ていた気がします。
食べすぎたことを後悔する気持ち。
きれいに見られたい気持ち。
健康を気にしているのに、限定スイーツには弱いこと。
「自然体の私を好きになってほしい」と思いながら、待ち合わせの十五分前には鏡の前で前髪を四回直すこと。
どれも人に話すほどではないけれど、ひとりの部屋では結構な音量で頭の中を流れています。
カフェリーチェを選んだのは、痩せたいからなのか、安心したいからなのか、それとも朝の自分に「今日は少し気をつけています」と言いたかっただけなのか。
まだ、よく分かりません。
玄関でパンプスを履いたら、右足のかかとが少し当たりました。
バッグにはリップと小さな鏡、それから帰宅後に飲むかもしれないカフェリーチェを思い出しながら、私は鍵をかけました。
今夜の私は、桃のパフェを頼むのでしょうか。
朝のカップはもう乾いていて、答えを知っているような顔だけしていました。





